ベトナムで働く日本人の方々が増えていると感じます。ひと昔前に比べると若い方も多く、ホーチミン市のレタントン界隈などでは、日本人が笑顔でランチに出かける姿を見かけ、まるで日本の都市部にいるかのようです。
ベトナムに100%出資の現地法人を設立し、その代表者として駐在した又は現地採用した日本人が退職・転職となった場合には、どのようなことが発生するのでしょうか。
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ケーススタディ
- 外国企業(A)社は、100%出資による子会社(B)社を一名有限責任会社としてベトナムに設立し、営業部部長である社員(C)氏をベトナムに出向させました。(B)社には社員総会を設置せず、委任代表者を(C)氏1名とし、すなわち、(C)氏は(B)社の法定代表者(会長兼総社長)及び(A)社の唯一の委任代表者となりました。
- (A)社と(C)氏の出向協定書又は日本での雇用契約書は残し、一方で(B)社と(C)氏の雇用契約書も締結しました。
- (A)社は、数年間、(C)氏の日本帰任について積極的に検討せず、日本帰任の見通しもありませんでした。(C)氏はベトナムに慣れ親しみ、個人的なネットワークも形成しました。そこで、ベトナムにおいて転職をしたいと考え始めました。
このような状況下での(C)氏視点での考察です。
- (B)社の法定代表者も(A)社の委任代表者も(C)氏しかいませんので、(A)社の同意がなければ、法定代表者及び委任代表者の責任と義務を免れることはできず、転職に支障が出るのでは?
- 一方で、出向協定書又は日本での雇用契約書がなくなっても、(B)社の法定代表者と(A)社の委任代表者の立場だけが残る可能性もあるのでは?
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考え方の例
- (A)社の(C)氏に対する(B)社への駐在辞令は、出向協定又は日本での雇用契約書に基づくものですが、その実施場所はベトナム国になります。
- (B)社を設立するとき、(A)社は、(B)社の所有者としてベトナム法に準じ、ベトナムの企業法に規定される委任代表者の決定、法定代表者の決定、機関設計の決定を行っています。つまり、(B)社の定款は(A)社の決定です。
- (C)氏は、(B)社の法定代表者の辞任届を(B)社に、(A)社の委任代表者の辞任届を(A)社に送ることができるでしょう。その中で、業務引き継ぎの一定期間を定め、(A)社に対して、同期間内に引き継ぎを受ける担当者を準備すること、次の法定代表者兼委任代表者を準備することを要求します。民法典の第140条3項などを根拠とします。
- (C)氏は、同時に、ベトナム労働法に準じた退職届を(B)社に、日本の労働基準法と民法に準じた退職届を(A)社に送ることができるでしょう。それぞれ、該当法律に定められた退職予告期間を満たすように退職予定日を記載します。
(C)氏視点においては、(C)氏が上記のようなアクションを取った場合でも(A)社が積極対応しない場合を危惧するかもしれません。(B)社における責務を半永久的に続けなければならないのではという不安に感じるでしょう。しかし、上記のような手順を取れば、(B)社の法定代表者、委任代表者、従業者としての責務を負う必要がないことについて、対外的な要件を十分に具備していることになると考えます。一方で、(A)社は、ベトナム法に準じた(B)社の各種責務を負わなければならず、(C)氏に対しても雇用上とは別の責務が発生するでしょう。
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新規法人設立の際に、できるだけ少ない人員(委任代表者)で、と希望される企業は非常に多いです。日本から駐在員を出すことに支障があって、できるだけ現地採用で、というケースもあります。
しかしながら、今回ご紹介したようなリスクは存在します。
ベトナム子会社の代表者として抜擢した社員が、例え、日本の事業部のトップバッターであっても、別の国の法人代表者として従業員を抱え、様々な対外的責務を負うことは、会計税務、人事労務、法務など、その大半が初めてのことばかりです。
ベトナムのような新興国での生活は、不便も多く、人には言えないストレスを蓄積する方が大半です。ストレスを発散できない方、発散するにも誤った方向になってしまった方など、その方の家族環境や人生を変えた事例も多く耳にします。
日本側の視点からすれば、最近は数年間の海外赴任は珍しくなく、それほどたくさんの手当もつけられないこと、一つの国での赴任経験を別の国でも活かしてほしいことなど、いろいろあると思います。しかし、終身雇用ではなくなった現代だからこそ、自社の海外事業が現地代表者の「個人力」にかかるような体制はできるだけ避けた方がよいと提言します。