日本でもそうですが、雇用者の頭を時に悩ませる問題として、被雇用者に対してどのように競業避止義務を設けるかという問題があります。
これは、ベトナムにおいては、ベトナム人従業員に限らず、ともすると、日本人従業員に対してナーバスにならなければならない問題かもしれません。マネージャークラスの日本人が、同じベトナムの日系同業他社に転職することは、雇用者からしてみるとそれなりの痛手になる可能性があります。
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労働法における副業や兼業の原則
2012年労働法の第21条、2019年労働法の第19条では、職業等選択の自由を表現し、被雇用者が複数の雇用者と雇用契約を締結することを認めています。ただし、被雇用者が、締結した雇用契約の内容を十分に履行しなければならない義務は保証されます。
したがって、労働契約や就業規則において、副業や兼業の禁止、競業避止を定め、それを有効とすることは難しいでしょう。
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副業や兼業にかかる規定作成実務上の留意点
弊社では、以下のようなことをお伝えしています。
- 正社員、試用期間社員、パートタイマー、実習生、その他業務委託者など、それぞれの契約形式について、社内規程又は就業規則の内容を分ける。
- それぞれの契約形式について、副業や兼業が発生する場合の事前告知義務や雇用者の承認プロセス、既に存在する副業や兼業の告知義務、守らなかった場合の自社との雇用契約の取り扱い(規律処分など)を規定する。
- 自社との間に決められた就業時間内又は就業場所内において他の雇用契約に基づく業務を行ってはならない旨を規定する。業務上のツールや資料などの自社業務外への使用を禁止する。
- 自社の利益を定義し、どのような行為が自社の利益に反する行為であるかを規定する。
- 正業と副業という概念を規定し、被雇用者が他社の代表者や直接的な出資者になった場合など、自社との雇用契約が副業と見なされるような場合、どのように取り扱うかを規定する。
以上のような規定で、実質的には、副業や兼業、競業の状況を把握することが可能で、完全な抑止(避止)にはなりませんが、対策を取ることが可能でしょう。
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競業避止義務(利益相反行為の禁止)
上記は在職中にかかる規定ですが、実際に頭が痛い問題は、退職後の利益相反行為です。
- これについて、雇用契約を締結する前に、NDAなどの合意書を締結するという方法があります。在職中及び退職後における秘密保持義務を表現するのが本来の目的ですが、競業避止義務をも表現するのが日本の通例でしょう(ベトナムではまだ一般的ではありません)。
- 競業といっても定義が具体的でなければ意味を成しませんので、どのような業種であるか、地域はどこであるかなど、具体的な規定が必要です。
- 合意書とは当事者双方で締結する双務契約ですが、片務契約と呼ばれる「誓約書」形式もあります。
弊社は少々厳しく、ベトナム開業当初よりこれを義務づけています。大半の従業員の方は自分本位ではありませんし、このような想定をしない方がいいと思いますが(性善説)、ごく少数であっても、やられる時はやられたー!となりますので、それをどう考えるか次第でしょう。
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ベトナムの判例
ホーチミン人民裁判所では、2018年6月、上記のような競業避止にかかる合意書の有効性を認めた判決を出しています(正確には、仲裁センターVIACの決定に対する控訴棄却ケース)。被雇用者には民事行為能力があり、合意書の有効性を取り消す正当な理由がないとされました。
しかし、このような判例は他に類を見ず(公開されている判例も非常に少ない)、競業避止条項を認めない判例もあることに留意する必要があります。
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一般従業員に対して競業避止を争う訴訟は、日本でも「確実」なロジックはないと思います。
信用していた従業員が、信用していた業務委託者が、
- 実は別の会社を立ち上げて、顧客や潜在顧客の移行を図っていた!
- 自社を抜きで直接契約を始めた!
- 競合他社に移動して、顧客や潜在顧客の移行を図っている!
などという事例でも、確実な勝訴を得るのはなかなか難しいものです。
余談ですが、数年前、とある知り合いより、弊社の競合他社を退職して独立した方(後から在職中であったとことを知りました)の会社立ち上げ、法務戦略などの支援を頼まれました。この方は士業の方ですが、退職した競合他社の顧客データを持ち出し、そこに営業をかけていたことが問題となって退職した競合他社と紛争の様相があったため、筆者は、知り合いの依頼ということもあり、各種のケースに対する対処指南をしていました。
さらに、営業支援を行い、弊社の業務の再委託先としても指定するなど、グループ会社同様の協業関係を築いていきました。しかし、基本的な認識が大きく異なったようで、起業時期が過ぎると、弊社の資料、レポート、翻訳物を使用して競業を始めました。弊社のM&A業務でデューデリジェンスのチーム員として参加したことが何度もありましたが、その対象企業(買収先も日系企業)に営業をかけて契約を行い、士業として行ってはならない双方代理を行う(このケースではM&Aの買い手側と売り手側の双方より業務を受ける)など、悪化していきました(正直、ベトナムにはこのような日本人が結構いますし、日系メガバンクのレポートを書いていたりもします)。